猿田毘古神(さるたひこのかみ/Sarutahiko-no-Kami)は、天孫降臨の折、天の八衢で邇邇芸命(ニニギ)の一行を出迎え、高千穂まで先導した国津神の代表であり、「道開き・導きの神」です。鼻が長く赤く輝く異形の姿で描かれ、天宇受売命の夫神ともなる、日本の国の成り立ちに深く関わった神です。
この記事でわかること
- 猿田毘古神のご利益と、道開きの神と呼ばれる理由
- 天の八衢での対面・アメノウズメとの婚姻・あっけない最期までの神話
- 猿田彦神社・椿大神社など代表神社と、両社の違い
猿田毘古神の基本プロフィール
名前の意味・読み方
「猿田毘古神」は「さるたひこのかみ」と読みます。「サル」は「狭まる・さえぎる」に通じる語で「狭い道を開き通す」、「ヒコ(毘古・彦)」は「男神への尊称」とする解釈が知られます。道を切り開く神であることが、名前からもうかがえます。
古事記では「猿田毘古神・猿田彦大神」、日本書紀では「猿田彦命」と表記されます。別名が非常に多く、海に沈んだ時の三つの神名「底度久御魂(ソコドクミタマ)・都夫多都御魂(ツブタツミタマ)・阿和佐久御魂(アワサクミタマ)」のほか、「衢神(ちまたのかみ)=辻の神」「椿大神(ツバキオオカミ)」「佐太大神(サタオオカミ)」「興玉神(オキタマノカミ)」「精大明神」と各地の神社の名でも呼ばれます。
性別・外見・象徴
男神です。日本書紀はこの神の姿を詳述する、神話でも類を見ない神です。鼻の長さは七咫(約120cm超)、背の丈は七尺余り(約2.1m以上)、身長は七尋という巨躯で、口と尻が明るく光り、眼は八咫鏡のように赫き、ほおずき(酸漿)のように真っ赤に照り輝くと記されます。古事記では「上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らす神」と記され、その輝きから天照大御神(アマテラス)以前の伊勢の土着の太陽神とする説、天狗の姿の原型とする説もあります。シンボルは長い鼻・先導の矛・高下酔・山伏の姿です。
神話上の系譜
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称(古事記) | 猿田毘古神(サルタヒコノカミ) |
| 正式名称(日本書紀) | 猿田彦命(サルタヒコノミコト) |
| 読み方 | サルタヒコ/Sarutahiko-no-Kami |
| 別名 | 底度久御魂・都夫多都御魂・阿和佐久御魂・衢神・興玉神など |
| 神格 | 道開きの神・導きの神・国土の守護神 |
| 性別 | 男神 |
| 出典 | 古事記・日本書紀・出雲国風土記 |
| 所属 | 国津神の代表 |
| 配偶神 | 天宇受売命(アメノウズメ) |
| 後裔氏族 | 大田命(オオタノミコト)=伊勢神宮の地を献上した氏族 |
| 特記事項 | 全国2000社余りで祀られ、交通安全の守護神として警視庁にも祀られる |
猿田毘古神のご利益
※以下のご利益は、古来からの信仰上の伝承に基づくものです。

みちひらき——開運・方位除け
最大のご利益です。天の八衢で道に迷う天孫の一行を導いた神話から、人生の道を開く「みちひらきの神」として、開運・方位除け・新規事業や進路の成功のご利益があるとされています。迷いの局面で「どちらへ進むべきか」を授けてくれる神です。
旅・交通安全
道案内の神話そのものから、交通安全の守護神として全国で信仰されています。ご祭神とする神社では車のお祓い・交通安全祈願を受け付ける社が多く、警視庁にも交通安全と国民守護の神として祀られています。
仕事運・出世
先導・案内という役割を完全に果たした神であることから、導く立場・支える立場を問わず、仕事の進路開拓・出世のご利益があるとされています。殖産興業・興業の神として商売のスタートにも縁が深いとされます。
恋愛・縁結び
天宇受売命(アメノウズメ)の夫神であり、道祖神として男女一対の姿で祀られることも多い神です。良縁・夫婦円満・人と人との縁を結ぶご利益があるとされています。
健康・延命長寿
海に沈んだ後も三つの魂となって生まれ変わった神話から、命の再生・延命長寿のご利益があるとされています。
猿田毘古神が登場する神話・エピソード
天の八衢:異形の神との対面
邇邇芸命(ニニギ)の天孫降臨の一行が、天と地の境界「天の八衢(あめのやちまた)」に差しかかったとき、上は高天原、下は葦原中国を照らす輝く神が立ちふさがりました。その姿を見た神々は誰も近づけず、天照大御神(アマテラス)と高御産巣日神(タカミムスビ)は、「他の神に勝つ力を持つ」天宇受売命(アメノウズメ)に「我が子孫の降臨を邪魔する者は何者か」と問わせます。
アメノウズメの問いに対し、異形の神はこう答えました。「私は国津神・猿田毘古神。天津神の御子が天降ると聞いたので、先導させていただこうとお待ちしておりました」。こうして一行は猿田毘古神に導かれ、無事に日向の高千穂へ降り立ったのです。
アメノウズメとの結婚と「猿女君」の名
降臨の後、ニニギはアメノウズメに「名を顕したそなたが、猿田毘古を送り届け、その名を継ぎなさい」と命じます。アメノウズメは猿田毘古神を伊勢の地へ送り届け、「猿女君(さるめのきみ)」の名を継ぎました。二神の婚姻を意味するとも、彼の力を継いだと解されるともされます。猿女君は大嘗祭や鎮魂祭で神楽を奉納する巫女を出した朝廷の氏族であり、のちの神楽・巫女舞の源流となりました。
あっけない最期と三つの神名
伊勢に戻った猿田毘古神は、阿邪訶(あざか=現在の三重県松阪市)の海で漁をしているとき、海底の比良夫貝(ヒラフガイ)に手を挟まれ、海に引き込まれて溺れてしまいます。あれほどの巨躯の神が、あっけなく海に沈んだ最期でした。
しかし沈んだときの神名が「底度久御魂(ソコドクミタマ)」、吐いた息の泡が粒になったとき「都夫多都御魂(ツブタツミタマ)」、その粒が海面で弾けたとき「阿和佐久御魂(アワサクミタマ)」と、三柱の神を生みます。解釈は様々で、伊勢の海人(海女)の守護神としての潜水の働きを表す説、三つの魂への再生を表す説、伊勢一帯が朝廷に服属した歴史を物語る説などが知られます。
後裔が伊勢の地を献上——伊勢神宮の創建へ
猿田毘古神が天孫降臨を終えて戻り、拓いたのが伊勢・五十鈴川の川上でした。その後裔・大田命(オオタノミコト)は、天照大御神の鎮座地を探して旅する倭姫命(やまとひめのみこと)を五十鈴川の川上・宇治へ導き、その地を献上します。ここに天照大御神が鎮まり、皇大神宮(伊勢神宮内宮)が創建されました。猿田毘古神の足跡が、日本最高の聖域の地そのものになったのです。伊勢市の猿田彦神社は、その五十鈴川のほとりに鎮座しています。
神話から読む性格とメッセージ
猿田毘古神の物語は「出会いの第一歩を、正しく導く」というテーマを持ちます。道が幾つにも分かれる難所で、光を放って立ちはだかり、「どこへ向かうのか」を問わせた神。正しい道を見極めさせたうえで、全力で先導しました。
そして最期は、あっけなく海に沈みながらも、三つの魂として再生した。目立つ場に居座らず、導き役として存在を発揮し、去り際も新たな命を残す。転職・進学・引っ越しなど「新しい道へ踏み出す節目」に立つ人にとって、猿田毘古神ほど心強い神はいません。迷いの辻に立ったとき、天の八衢の神が「どの道か」を問い直させてくれるのです。
猿田毘古神を祀る神社一覧
全国2000社余りで祀られる代表的な国津神です。
総本社・代表神社
猿田彦神社(さるたひこじんじゃ) – 三重県伊勢市
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 三重県伊勢市宇治浦田2-1-10 |
| 参拝時間 | 授与所 8:30〜17:00 |
| アクセス | JR伊勢市駅・近鉄宇治山田駅・五十鈴川駅よりタクシー5〜10分、三重交通バス「猿田彦神社前」下車 |
| 主なご利益 | みちひらき・交通安全・開運 |
「みちひらきの大神」と称えられ、五十鈴川のほとり(伊勢神宮内宮の近く)に鎮座します。猿田彦大神の御神徳を祀る社として全国から参拝者が訪れます。
椿大神社(つばきだいじんじゃ) – 三重県鈴鹿市
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 三重県鈴鹿市山本町1871 |
| 参拝時間 | 5:00〜18:00(5月〜10月は19:00まで) |
| アクセス | 鈴鹿山系の中央山麓(詳細は公式サイト参照) |
| 主なご利益 | みちひらき・開運・芸能・縁結び |
「猿田彦大本宮」と称する伊勢国一の宮の格式を持つ社です。別宮・椿岸神社には妻神・天宇受売命が祀られ、芸能の祖神としての信仰も厚くあります。
二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ) – 三重県伊勢市
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 三重県伊勢市二見町江575 |
| 参拝時間 | 境内自由(詳細は公式サイト参照) |
| アクセス | JR「二見浦駅」より徒歩約15分 |
| 主なご利益 | 交通安全・開運・縁結び |
猿田毘古神が神石・興玉神石として鎮まる地と伝わる、伊勢・二見浦の夫婦岩で知られる神社です。境内には巨大なオオシャコガイが置かれ、猿田毘古神の最期の神話を今に伝えます。
全国のその他の主な神社
| 神社名 | 所在地 | 主なご利益 | 公式サイト |
|---|---|---|---|
| 猿田彦三河神社 | 愛知県額田郡幸田町大草太根6 | みちひらき・交通安全 | sarutahiko.net |
| 大麻比古神社 | 徳島県鳴門市大麻町板東広塚13 | 開運・産業守護 | ooasahikojinja.jp |
| 佐太神社 | 島根県松江市 | 開運・国土の守護 | ― |
| 白髭神社 | 滋賀県高島市鵜川215 | 開運・縁結び | shirahigejinja.com |
| 高山稲荷神社 | 青森県つがる市牛潟町鷲野沢147-1 | 五穀豊穣・海難除け | takayamainari.jp |
| 祐徳稲荷神社 | 佐賀県鹿島市古枝乙1855 | 商売繁盛・縁結び | yutokusan.jp |
※道祖神・庚申さま(猿と申の共通性から習合)・金精様としても全国の路傍・辻に祀られています。
猿田毘古神と関係の深い神様
妻神・天孫降臨の神々
天宇受売命(アメノウズメ)
天の八衢で猿田毘古神と対峙し名を問い、のちにその名を継いで猿女君の祖となった妻神です。天岩戸では舞の神として活躍しました。
邇邇芸命(ニニギ)
天孫降臨の主神。猿田毘古神の先導によって、無事に高千穂へ降り立ちました。
天照大御神(アマテラス)
猿田毘古神の後裔・大田命が献上した伊勢・五十鈴川の地に鎮まった最高神です。猿田毘古神自身が、アマテラス以前の伊勢の太陽神だったとする説もあります。
海と山の神々
山幸彦・海幸彦(ヤマサチ・ウミサチ)
猿田毘古神が導いた日向の地で生まれた三兄弟の物語の主役。山幸彦・海幸彦を祀る野島神社では、猿田毘古神も塩椎神とともに祀られています。
住吉三神(スミヨシサンシン)
海と航路の守護神。猿田毘古神の航路安全の神格と重なり、野島神社でともに祀られています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 猿田毘古神とはどんな神様ですか? 天孫降臨で天の八衢に立ちふさがり、邇邇芸命の一行を高千穂まで導いた国津神の代表です。道開き・導きの神として全国2000社余りで祀られています。
Q2. 猿田毘古神のご利益は何ですか? みちひらき(開運・方位除け)・交通安全・仕事運・出世・縁結び・延命長寿が主なご利益です。人生の節目や新しい道への出発の祈願に強いとされています。
Q3. 猿田彦神社と椿大神社はどう違うのですか? 猿田彦神社(伊勢市)は五十鈴川のほとりに鎮座する「みちひらきの大神」の社、椿大神社(鈴鹿市)は「猿田彦大本宮」と称する伊勢国一の宮の格式の社です。別宮・椿岸神社には妻神の天宇受売命が祀られています。
Q4. なぜ猿田毘古神は天狗の姿とされるのですか? 日本書紀が記す「鼻が長く赤い顔の巨躯の神」という姿が、長い鼻の天狗の姿の原型になったと考えられています。神輿渡御の先導役が山伏姿の天狗面を付けるのは、神話の道案内役を再現したものです。
Q5. 猿田毘古神の最期はどのようなものでしたか? 伊勢の阿邪訶の海で漁中、比良夫貝に手を挟まれて溺れて亡くなりました。沈む時・泡が粒になる時・粒が水面で弾ける時に「底度久御魂・都夫多都御魂・阿和佐久御魂」の三柱の神を生みます。
Q6. 猿田毘古神と猿(庚申さま)の関係は? 猿田毘古神は庚申信仰の「庚申さま」とも習合しました。「猿」と「申」の共通性から、神道家によって結び付けられたとされます。道祖神・金精様との習合も知られます。
まとめ
猿田毘古神(サルタヒコ)は、天と地の境界に立ち、天孫の降臨を導き、その足跡が伊勢神宮の聖域となった——日本の国の成り立ちそのものを「みちひらいた」神です。
道が幾つに分かれる難所で「どこへ行くのか」と問い、正しい道を先導した神話。あっけない最期の後にも三つの魂が生まれた再生の物語。どちらも、人生の節目に立つ私たちへの導きとして、今も全国2000社の戎社・みちひらきの社に息づいています。
転職・進学・引っ越しなど「新しい道」へ踏み出すとき、旅や車の安全を願うとき——伊勢の猿田彦神社・椿大神社へ、道開きの大神に祈ってみてください。
参考文献・出典
- 古事記(太安万侶撰、712年)
- 日本書紀(720年)
- 出雲国風土記
- 國學院大學 古典文化学事業 神名データベース:https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/
- 猿田彦神社 公式サイト:https://www.sarutahikojinja.or.jp/
- 椿大神社 公式サイト:https://tsubaki.or.jp/
- 二見興玉神社 公式サイト:https://futamiokitamajinja.or.jp/

